
1985年、名古屋今池の「オープンハウス」*1 での森田、横山のセッションを契機に結成に至る。
当初はモータウン、サザン・ソウルっぽいサウンドであった。
名古屋、京都、東京、神戸などでライヴ活動を行う。
何度かのメンバー・チェンジ後、現在のメンバーに至る。
森田裕: vocal, percussion
横山一明: vocal, guitar
渡辺のりお: guitar
田中もQ: sax
鬼頭哲: sax
武山信吾: bass
吉岡克哉: percussion
坂井カバ男: drums
- Soul、R&Bを中心に、粘り強くうねるグルーヴを信条とし、
現在はラブリー、得三を中心に息の長い演奏活動を続けている。
主な共演者は、近藤房之介、木村充揮(憂歌団)、有山じゅんじ、小川美潮、ECD、かまやつひろし、他。チャック・ブラウン(ワシントン・ゴー・ゴーの親分)や憂歌団、ティアドロップスの前座を務めたこともある。
アルバムはなぜだか出していないが、森田がやってた「ピーカンラジオ」*2 のテーマソング2曲。「オープンハウス」のCDにライヴ1曲が収録されている。
「ここまで(作品)を出さなかったんだから、出さんでもいいもんねぇ(笑)」

* Photo: 木村充揮 with バレーボールズ
Live at Tokuzo, on Feb. 28, 2000.
註:
*1「オープンハウス」
71年オープン。91年クローズ。ロック喫茶のはしりの頃から、黒人ブルースをがんがんかける拠点として名を馳せる。ウエスト・ロード、ブレイク・ダウン、憂歌団等、日本の主なブルースバンドは全て出演している。82年頃から、黒人音楽系以外にも門戸を開きはじめ、原爆オナニーズを中心とするパンク系、ジョン・ゾーンやジョセフ・ジャーマンをはじめ、数多くの海外フリー系アーティストも出演する。しかし、ライヴは週末のみで、オープンハウスの真骨頂は、平日や、ライヴが終わってから朝5時までの混沌とした酒場状態にあった、と言っても間違いではない。不良ミュージシャンはもとより、家出娘、AV女優、映画演劇人達、から超有名ミュージシャンまで、ありとあらゆる人種が夜毎、ケンカをし、不純異性交遊に胸踊らせる、人間の業のゴミタメであり、発火点であった。オープンハウスは、森田、横山をはじめ、そこで育った人達の青春なのである。
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*2「ピーカンラジオ」
オープンハウスが閉店した91年から4年間、森田がパーソナリティーと選曲を担当したFM三重の番組。スポンサーは中古CD店「P-CAN FUDGE」。構成と相方パーソナリティーに、元「アワーシティ」編集長の梶原志津という布陣で、「重音楽をあなたに」をモットーにゴリゴリの選曲で最後まで押し通した。初回の特集コーナーは戦前ブルースマンのサン・ハウス。河内音頭の浅丸の「悪名」を15分以上を完奏したり、正月には日本のお笑い芸人の音源で全編通したりした。ゲスト・コーナーに登場した顔ぶれも大変。ピッチカート・ファイブの小西氏、忌野清志郎氏、喜納昌吉氏、嘉手苅林昌氏などの大物から、駅前で路上アクセサリー販売業をやっている遠藤氏まで、ずらりと個性派が並んでいた。大昔、ラジオ関東でやっていた大瀧詠一氏の「GO GO ナイアガラ」と「ピーカンラジオ」は全部カセットでエアチェックしているという変態男まで現れてひっくり返った事がある。
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