

1957年11月23日三重県津市生まれ。76年、高校出て名古屋へ来て、「オープンハウス」にはまり、バイトしながらブルース・バンドをやってきた(「バイニィブラウン」「Hooks」等)。ブルース・バンドじゃないバンドは「バレーボールズ」が初めて。大学も辞めちゃうし、他にやることもないんで、音楽関係の人脈と飲み屋のノウハウしかないから、ライヴハウス「得三」やってます。

中学時代は不良でボン中だった。でも中学の頃かバンドうまくて高校バンド合戦で優勝している。元々はロックンロールが好きでチャック・ベリー演ってた。その後ブルース始めた。「ミッドランド」というヤマハの中部のイヴェント第1回で、1位がフライング・アゲイン(杉野、増井ら)。ランニング・ベア(山岡、天之助ら)と後藤耕一グループが2位。その後藤グループでもギターを弾いていた。ソウル・バンド「アップタイト」でも1枚アルバム出している。その後「バレーボールズ」で活動。リズム・ギターうまい。



歳はぼくらよりちょっと下。最初に聞いたのが、「駅西ブルースバンド(後に、駅西ショータイム)」で、「貝がらマックス」のカタゾウがヴォーカルで、後ろでギター弾いてた。その時からアコースティック・ギターが抜群にうまくて、「バレーボールズ」作るときにあいつを誘おうって誘ったんだけど、椅子に座ってしか弾けなかった(笑)。今はガチガチのインストのギター・バンドやジャズのリー・ケイコとか名古屋のジャズ界ではかなり色んなところで演っている。日曜日は少年野球のコーチもやってて忙しいんだ(笑)。

高校の同級生。サックスとしては珍しく、最初からジャズに見向きもせずに、ブルースを演るってサックスを始めた。サックスの人って、KeyがBフラットとか好きじゃん。ブルースあがりのもQは、EとかAとかGとかそういうのが得意っていう。最近もQはフリーの世界にはまってしまいまして、訳のわからないブヨブヨ・ブヨブヨ音を出している。

早稲田のハイソのベーシストだった。東京でジャズでやってこうと思ってたんだけど、全然仕事がなくて暗〜くなって名古屋に帰ってきたところをゲットした(笑)。武山も色んなところでウッド・ベースをやってる。昔はソウルボサ・トリオでベース弾いてたりとかね。

一番最初はぼくとブルース・バンドやっていてベースを弾いてた。その後、たけおたちとバンドやったときにパーカッションに変わって、「バレーボールズ」やるときはベースを実はやりたがっとった。だけどベースは他にいたから、おまえはいいんだパーカッションをやれっていった。色気を出すみたいな、チラチラ・チラチラまわりで鳴っているようなところが楽しい。あと女に声かけるのがうまい。

東京で大学を中退して、名古屋へ帰ってきて、ヤマハでドラムをたたいて遊んでいるところを、竹安(貝がらMAX)がオープンハウスへ連れてきた。その日のうちに「UP-TIGHT」のメンバーに。僕とは、その後、「Hooks」っていうブルースバンドをやってバレーボールズまで、15年以上一緒にやってる。よく言えば野生児みたいな所があって、おおよそ考えつかない様な行動に出て困る事も多いけど、言ってもムダなので最近あんまり何も言わない。


(文責:森田)
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