■12/1(月)blues the butcher 590213
ゲスト:LEYONA

ライヴを観にいくときって、もちろんワクワク期待する気持ちが高いから楽しめちゃうんだけども...やっぱりそこには良い友やいい雰囲気が流れてるってことで、さらにプラスになるんだなって日でした。ステージがステージにないの!ステージには机とイスが並べてあってお客さんが座って飲んでる、ではステージはっていうと客席のど真ん中に円陣を組むようなカタチでセッティングしてあるんです。でまたその周りにちょいと肩と肩とが触れあうぐらいの若干狭いかなっていうくらいのテ―ブルとイス、イス。まぁまぁビ―ルなど飲みつつオシャベリしつつ―してると始まっちゃうわけですよ、いきなり!ど―んとブルースが音楽が、あっ沼澤さん満面の笑みで叩いてるとか中条さんシアターとはまた違うなっとかも感じとれるフラットさ、そして思わず笑えてくる永井さんとKOTEZさんとのト―ク(笑)。円陣くんでるそのカタマリの車輪がピタリとあってグッグッ。そこへやや緊張気味のレヨナ車輪だけれども、そ―んな事おっかまいなしで、もっともっと引き出そうとする強さが永井さんであり、KOTEZさんの柔軟さと、鮮度の高い高いところで作っていく粋がその場ででまくり、めっちゃめっちゃ気持ちいいライヴでした。590213はブッチャ―さんのお誕生日なんですね。 (ニイラ)

■12/3(水)ATOMIC
 いい流れである。今年後半、ジム・オルーク、ポール・ニルセン・ラブといったフリー系大物に続いて、ノルウェーの凄腕バンドATOMICがジャパンツアー初日にtokuzo登場である。フリージャズを基本としながらも、jazzlandレーベルを代表としたフューチャージャズを通過したアコースティックサウンドは決して難解ではなく、むしろ熱いグルーブを撒き散らせながら、適度な緊張感と北欧特有のクリアーな空気を醸し出し怒涛のよう疾走する。ファーストセットではホーヴァル・ヴィークのピアノが爆発!まるでヨーロッパフリージャズの雄フレッド・バン・ホッフのようなパーカッシブな奏法でぼくらの耳をくぎ付けにすると、セカンドセットではポール・ニルセン・ラブのドラムが大爆発!し、痺れるわ。発売されたばかりの3枚組「レトログレード」に入っているライブ盤よりドライブ感があって、一段とパワフルなのだ。しかもフリーミュージックにありがちな、ひとりよがりにならない知的な構成力が魅力的だ。現在シカゴのケン・ヴァンダーマークらと活動中のベースのインゲブリグト・ホーケル・フラーテンやら、東京に潜伏中のジム・オルークを中心としたニュージャズを次々に名古屋で聞けるのは嬉しい限り。またこうゆう刺激的でスリリングなジャズをtokuzoで聞きたいものだ。(客席王)

■12/4(木)おおはた雄一
 わたくし、何を隠そう、おおはた雄一さんとは、随分と永い間、素敵なお付き合いをさせて頂いております・・・。あい、すいません。(笑)2005年の猛暑の夏。愛知万博会場の、とある広場にて、大混雑の人込みで、疲労困憊の大勢の休憩中のお客さんの前で歌い、思わぬアンコールの拍手を貰った事が、昨日の事の様に蘇って来ますね。あの日、二人で見た〇リゾーの素顔は驚愕でしたね・・・・。絶対に他人に言えない、ひと夏の秘め事の様でした。そんな思い出を胸に、久し振りにあなたに会いに行った得三。お店に入ってビックリ!!ステージの向かって左にドラムセット、右にあなたのギター。何だかいつもと違う雰囲気が漂うぞ・・・・。そうなんです。今回のセットリストは、その大半がオルケスタ・ナッジ・ナッジやROVOで活躍中の芳垣安洋さんとの、凄まじいセメントマッチだったのです。いつもは、ビールや芋焼酎などのアルコールを痛飲しながら、心地良く、音楽に身を委ねがちな、わたくしですが、今日ばかりは、大好きなお酒を呑む事も忘れ、ドラムとギター、リズムとメロディーの天井知らずの匠の技の応酬に、もう、わたくし言葉を失うどころか、思考能力ゼロのエクスタシーで上り詰めっぱなしでした。・・・・ううう・・・・。吟じます!!おおはた雄一さんの、素敵なお顔は〜〜、もしかしたら〜〜イノトモ?〜〜・・・。有ると思います!!   (天津ラッシャー木村)

■12/11(木)lovejoy
 いつしかおもえばLovejoyも長くながくキャリアを積み重ねたバンドになっておりbikkeさんの髪もちりちりになっており(パーマかけたからね)ここに至ってようやっと名古屋でも10数年ぶりにしてソロとしては初の、ライブがきけるようになったご縁をよろこびたい。3rdアルバム『あの場所へ』発売記念ツアー曲構成は一聴百驚のこの名盤からたっぷりと、加えてそのほかのラブジョイの名曲をいくつか。なかでも「ゼロ」は今回得三だけでしか聴けなかったサービス京都と東京のひとゴメン、でもいいよね今までずっとずっとずっと待っていたのだもの某コンピュレーション盤に収録されたこの曲がはじめての出会いだった人もいることでしょう朗々とのびやかにうたうビッケさんに合わせて細かく刻んだリズムが心地よく疾走してやがてぱあっと光が射す、雪が積もって晴れた朝のまぶしさくらいに。思えばラブジョイは手足れ奏者のすごい演奏が、根本のところで生じてるうたう気持ちでうたわれるうたを支えてる、そのことをナマでたしかめてるシアワセなんぞをかみしめつつプルーストの長いながい小説に出てくるお菓子の和菓子版の匂いを嗅いだが如くいろんな記憶がフラッシュバック、とくに濃厚だったのは晩ごはん前のお腹すいた感じとギリギリだった好きって気持ち。(花島白目)

■12/29(月)『農奴』上映会・呉智英トークショー
『農奴』(1963年)は、チベットに侵攻した中国が、己の正当性をアピールするために作った宣伝映画。事実とはまったく正反対の内容なのだが、それでも物語に引き込まれ、感動してしまう――評論家の呉智英氏が、かつて滂沱の涙を流したという「珍作」である。つまり、「プロパガンダ」と「芸術」(=「倫理」と「感動」)は「別もの」なのだ。上映会は、そうした人間の矛盾した心理を体感しようという試みであった。 結論から言えば、この映画は、1時間45分という尺を感じさせない出来であった。チャンパという農奴の青年の半生を描きながら、いかにチベット政権が非道な行いをしてきたかをこれでもかとばかりに描写する。一方で、徹底的に美化される人民解放軍。兵隊たちはみな美男美女。見事な歯並びに、白い歯からは眩いばかりの光がこぼれ落ちる。そんな彼らが「菩薩兵」と称して農奴たちを救い、悪行を重ねる高僧たちを追い払う。狂気の国策映画のエネルギーは、いっこうに衰えていない。道理を捻じ曲げたハチャメチャな作品なのだが、ムチャを臆面もなく押し出している点がいい。
 チベット仏教を否定するものではなく、あくまで支配階層の悪行を批判するつくり。解放軍を「民衆たちの信じる神からの使者=菩薩兵」と位置づけるところが巧妙という呉氏の解説も印象に残った。(ホンスミ)