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■8/3(火)NRBQ NRBQを得三で観るのは二度目だ。Qのライブは東京で、名古屋で、またアメリカでも観ているが、やっぱりこの得三でのライブは二年前の公演も含めて私のQ史上もっとも心を打たれたライブ上位5位にランクインする。そもそも名古屋のお客さんはあまり騒がない。でもおとなしい外見とは裏腹に、皆心からぐぐっと入り込んで、本当に音楽を楽しんいるのが手にとるようにわかる。Qのメンバーはそれに応えるように、ロックンロールだけじゃなくブルースだけでもなく、ジャズからクラッシックからキッズソングまでありとあらゆる音楽をすべて飲み込み、それをNRBQというグルーヴにしてどんどん発射してくる。なんだろう?あのグルーヴは。なんだろう?あの懐の深さは。私はQのライブで、『お客さんもタダのお客さんじゃなくて一緒に飲んで一緒に歌って一緒に踊って一緒にステージを作るものだ』というキホンのキを改めて思い知った。なんかこう書くと、大衆カラオケバーの看板みたいだけど、NRBQはまさに『超一流のスーパー娯楽文化的大衆カラオケバー』みたいなものなのだ。得三という小屋はQのこの持ち味や根底を流れるスピリットをガシッと受け止めることができる数少ないライブハウスのひとつだ、とつくづく思う。(加藤千晶) ■8/9(月)MICE PARADE/HIM/FLECKFUMIE 最前線で活躍する音楽家がめまぐるしく入れ替わる中で、今夜の二組はもうベテランの部類。でもポスト・ロックとかミニマルとか括りはよう分からんが「何やら新しい!」要素満載で登場した数年前の革新性がそう簡単に錆びてもらっては困ると勇んで見に行った。HIMとマイス・パレードはかなりのメンバーが重複している。まずはHIM。ひたすら太いリズムの洪水。からだは揺れ脳味噌はとろける。いい感じ。普通のバンド編成で歌無しなので、これはフュージョンとどう違うのだろう?というのが前からの疑問。でも間違いなく全く別物。なこと思ってる間もうねるグルーヴは止まらない。リズムの神様、ありがとう!!ひたすらアフリカに感謝する。でマイスへ。こちらは歌あり。しかもか細いの。だがドラムはこちらもドカドカだぁ。う、歌が聞こえんじゃないのー!いやこれは歌伴じゃないのだ。ヴォーカルと演奏が等価(大滝詠一)なのだ。こちらはアフリカにとどまらずスペイン、南米、アイルランドといろんな音楽を合わせ飲んだ音作り。世界中へ連れて行ってくれる。そしてやはり太い!うーん彼等やっぱり肉食文化だもの。比べていろんなところが細い我ら日本の民。同じことやってちゃあ駄目だと再認識。そうそう例の革新性?今を逞しく生きるミュージシャンにとっては、そんなもの聞く側の勝手な幻想なんだろうね。(新見栄二) ■8/19(木)中川五郎 ”贅沢なライブ”には、そうめったに出会えるものではない。出演者が豪華だとか、サポートミュージシャンが多いだとか、そういうのももちろん贅沢なライブのひとつの要素だろう。なんて言うんだろう、中川五郎さんのライブはそれ以上のものをくれたんだな。 舞台に現れてた五郎さんは、ニコニコしていて、それは歌っているときも続いて、最後まで続いたので、私はわけもなく安堵した。安堵しながら聞く五郎さんの歌。スッとその世界に入り込み、美しい言葉の波と音の波にぷかぷか浮く気分だった。なんて素敵な歌詞なんだろう。なんて素敵な音楽なんだろう。目をつむって耳を傾ける。五郎さんと中尾さんと関島さんと船戸さんとHONZIさんが織り成す音の上で五郎さんの言葉がころがって目の前に懐かしい光景がひろがる。私が死んで、湖のほとりで、私の好きな人々が楽しく酒をのんで、それを私がうれしく眺めている。私は骨になって、粉になって、色んな空にとんでゆく。あれ?懐かしい光景じゃなくて未来のことになっちゃった。ま、いいっか。自分をとりまく環境や人や動物や風や過去や現在や 未来や全てに感謝する気持ちを少し味わえたから。贅沢なライブとは、そういうものなんだろうな。私が死んでこの世を去る日に聞きたい音楽がひとつ増えた記念すべきライブであった。(李相美) ■8/22(日)知久寿焼/ふちがみとふなと こんな話の導入もなんなんですが、東海地方では平日夕方4時から「ちびまるこちゃん」を再放送しています。ワタシは出勤の用意をしながら時計代わりに見るとも無しに見ていますが、これのエンディングテーマは「あっけにとられた時のうた」。たまです。ばたばたしながらもこれがかかると、つい聞いています。他愛ないコトだけど、知久さんの声の吸引力はすごいなぁと、リアルに感じていました。知久さんとふちがみとふなと。不思議声バトルです!まず先手はふちがみとふなと。渕上さんのピュアで素朴な声と、それをゆりかごのように包む船戸さんのウッドベース。とてもシンプルな構成なのにいつも「これ以外はなんの足し算もいらない。」と思ってました。そして、次は知久さん。知久さんの歌は、懐かしいようなシュールな詞に、「あの声」。やはりじっと聞いてしまいます。そして最後は待ってました!知久さんとふちふなが一緒に。ふたつが重なるとこんな世界が生まれるのか!声も楽器のひとつなんだと実感しました。ふちふなの「はじめまして」(←ただただ人名を紹介していく曲。)一体どんな風にやるんだろうと思っていたら、渕上さんが歌う横で、知久さんが人名が上がるごとに顔を変えていく。さっきまで切ない声で歌ってキュンとさせてくれたばっかなのに〜。素晴らしい音(声)の表現の後に、子供のような騙しうち。やられました。(福岡美咲) ■8/26(木)マキーラドーラ/工藤冬里/Tenniscoats+河端一 まず思ったのは、組み合わせの妙について。静謐な音の広がりが心地良かったモテニスコーツモ、地下水脈どころか本流としての懐の深さを見たモマキーラモ、それに一見頼りなげながら強靭な歌心を感じたモマヘルモ。各演奏者をシャッフルし、色んな構成を試したいと思ったのも、この日の出演者に共通する何かを覚えたからこそ。その共通項を考えるに、いずれもリスナーの想像力を大いに刺激する演奏だったということ。それも音的な部分と感情的な要素の双方について。まず音で云えば、3組とも極端に音数は少ないながら、頭の中で想像して音色を紡ぐ作業をやたらと刺激する。演奏中、幻聴のように響く音を絶えず感じたのは、きっと私だけではないと思う。一方、情緒的な共通項については、どれも「あーしろ、こーしろ」と聴衆に指差すタイプの音楽ではないので、ここは泣き所、あるいは感動する箇所といったお約束とは一切無縁。だけど妙に琴線に触れるものがあって、聴いていて訳も無く「あっ、懐かしい」とか「あの時、嬉しかったな」とか、いつかどこかで経験した喜怒哀楽が鮮やかに蘇る箇所が多々あった。歌に制約が少ない分、聴いている方は想像力を駆使して、時間と空間を自由に往来することができる。まとめれば、言葉本来の意味でのフリーミュージックを堪能できた夜。(Y.I.) |