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あほ犬日記

1月某日

大晦日には、鍋をつつきながらボクシングを見て、「ゆく年来る年」を見て、年が明けると録画済みの「紅白歌合戦」を飛ばしたり早送りしたりしながらチェックするのが、ここ10年の習わしとなっている。かつては国民的師走番組であった「紅白」も、いっつか存在感が薄れているのはご存じの通り。歌謡番組自体が、80年代までは「ベスト10」をはじめ結構あったと思うのだが、音楽の好みがあまりにも多様化したためなのか、お茶の間のメインの時間帯ではこちらも存在感薄くなっている。深夜にテレビをつけていて、音楽番組に出くわすこともあるが、大抵は PVを流しているものが多いし、「紅白」にしたって、いわゆる口パクが結構有るようにお見受けして、歌っている「現場」をTVで見れる機会は少なくなっているような気がする。そんななか、がっちりと演奏して歌っている人たちがいると、やっぱり早送りせずに全部見ちゃうんだよね。俄然、質の違いを感じたりする。
 仕事柄、毎日生演奏を聴いている当方としては、うまくいかなかったのが面白かったり、予定通りにきっちり出来た演奏が面白いばかりでもないというような聴き方をするのであって、やっぱり現場が一番楽しいなと思うのだ。それは、たぶん人間が見える感じがするからなのかなと思う。体調も含め、色んなタイミングがあって、毎日演奏が違うのは当たり前で、満足な演奏と言えるのは、当人にとってはむしろ数少ないのではないか。でも、聴いてる側はそれも含めて楽しいのである。前川清ファンの僕は毎年「紅白」で歌う前川を見て、今年はよかった、去年はいまいちだったなどと言ってるのが楽しみだったのだが、前川も出なくなって久しい。
 ま、アイドルなどという話になると、音楽とか歌ってっことじゃなかったりするし、踊りに支障をきたすのなら口パクの方が魅力を発揮できると言う考え方も当然あるだろう。かくいう僕も、Perfumeが口パクだろうが全く問題なく喜んで見ているのだし、こんなのなら、いっそのこと口パクでやった方がよかったのになと思う人もいたんだよね。我ながら適当ですな。

12月某日

 「映画秘宝」等に、主にブラックムービーについての記事を寄稿している杏レラトさんが、念願の黒人映画のガイド本を出版した。「The Guide to Black Movies/ブラックムービーガイド(スモール出版)」というのが、その本。黒人映画というのは、日本で普通に映画を楽しんでいる人たちには、随分と馴染みの薄い概念だと思うのだが、実は戦前のサイレントムービーの時代から脈々と水面下で流れ続けている歴史がある。僕も十五年ほど前にそれを知り、以来ずっと気にし続けて来たのだが、日本語で手に入る情報があまりに少なく、困っていた時に杏さんが主催するサイト「SOUL/Black Movie」(http://www.blackmovie-jp.com/)に出会ったのだった。とにかく、一本一本の映画、一人一人の映画人、さらにはその歴史と、すべてに執拗なばかりの解説と思い入れが綴られていて、莫大な情報量なのである。
 実は、その前に参考にしていた本が一冊あって「ブラック・ムービー―アメリカ映画と黒人社会/井上一馬」という新書なのだが、それには大まかな流れと歴史、重要人物の紹介等が分かるようなっている日本で唯一のものだった。今回の杏レラトさんの本は、アメリカ社会の中でアフロ・アメリカン達が、何度絶望しても折れることのなかった不屈の精神、その中で一つ一つ手に入れて来たもの、といったアメリカ黒人のスピリッツをブラックムービーの根底に据えて、書かれているような気がする。杏さんならではの、とても気合の入った一冊だ。
 2018年は、ブラックムービーファンにとっては、「ブラックパンサー」が出た年と記憶されるだろう。まだ長編映画3作目の黒人監督ライアン・クーグラーによる、マーベルスタジオ制作、ディズニー配給の、北米で史上最高の興行成績を獲得した娯楽大作のボトムに、ものの見事に横たわるブラックムービーのスピリッツ。それは、映画だけにとどまらないアフロ・アメリカン達が何百年も掴み取ろうとして生きて来た、その一つの大きな成果であり、誇りとなるものなのである。実はそうなのだ。「The Guide to Black Movies/ブラックムービーガイド」を読めば、それが見えてくる。

12月某日

 今年一年は本当にいろんなことがあって、長かったんだか短かったんだか、忙しかったり、厄介だったり、楽しかったり、悲しかったり、ジェットッコースターに振り回されてるような感覚で、じっくり思いに浸るような暇もなく過ぎ去っていったような気がする。思えばつい最近まで、六十歳以降のことは何も考えずに生きて来たように思うのだが、まだ先があったのか、というのが本音。新しいことを始めてしまったからには、もう少し踏ん張って、ジタバタしなければなりますまい。
 今池味仙向かいのビル、地下一階にあった「オープンハウス」に僕が初めていったのは、十代の終わりかけの頃だった。それから閉店までの十何年かは、その20坪くらいの地下に僕の全てがあったと言ってもいい。今回オープンハウスを再開すると決めてから、当時一緒にいたたくさんの人たちから予想以上の反応があって、その存在の大きさが僕だけの感覚ではないのだと認識した。やっぱりあの店は、あの頃の僕たちの根っこの部分に深く何かを残しているのだ。あそこで僕たちの中に始まったことが、今に至るまでの人生ですごく大きいのだ。
 今回、そんな頃を一緒に暮らした仲間たちがもう一度集まって、新しいオープンハウスを造ることができているのは、この上なく胸踊る体験だ。全員が、あれから何十年かで蓄えてきたものを惜しげも無く差し出してくれて、もう一度「今の」オープンハウスを作った実感がある。旧店にあった看板を店内に掲げた時には、やっぱりグッときたなぁ。
 そして、そんな僕たちが期待するのは、自分たちが安楽するための店ではたぶんないのだと思う。これから新しいオープンハウスの階段を降りてくる人たちの体のどこかに、あの頃の僕たちの中にあったのと同じようなものがチロッと火を灯し、ひょっとしてそれは何十年もその人の胸を騒がせ続けるのではないかとの思いがよぎるのだ。そしていつの日か、やっぱりオープンハウスはこの上なく面白かったなぁと、一緒に酒を飲んでもみたいものだと夢想してみたりもするのだ。
 時同じくして、我が家にも新しく雄猫がやってくることだし、十年くらいは死ねないということになる。

9月某日

9月から始まった得三20周年、10周年の時に、特別感の有るモノを、月に何本かづつ一年間続けてやろうという事をやったので、20周年も同じように思ったのだったが、途中から今池祭りが30周年で、何か考えなきゃいけなくなたり、なによりも3月になって突然open houseを再建することになって、一挙に頭の中が大変な事になってしまった。
 ま、とにかく20周年が始まってしまったのですね。木村充揮の3daysは、容赦なく酒を飲む三日間。その場その場で常に精力をのめり込ませてゆく木村さんは、やっぱり圧巻!最終日の有山じゅんじ、三宅伸治とのトリオにいたっては、人間こんなに自由になってもいいものかと思える天然記念ライブを展開。
 16日17日は、今池祭りの30周年で、30年を振り返った冊子のような物を作ろうと、今池在住の元ぴあ編集長コジィに手伝ってもらって簡単な記念誌を作った。第一回の実行委員長「六文銭」の三嶋さんにも話を聞けたし、今池祭りの精神のようなモノが読んだ人たちに伝わっていく手応えを感じることが出来て、嬉しかったなぁ。バレーボールズのゲストは、ここはひとつ地元の歌姫、ケイコ・リーに頼んじゃえと、ダメ元で打診したら、即答OK!その後には、音楽ジャンルなどという言葉をせせら笑うように原爆オナニーズが登場っ!
 その間も、オープンハウスの工事は着々と進む。毎日、工事現場と得三を往復しながら、夜は内装プランに思いを馳せて眠れなくなる。職人さん達も含めて、現場を楽しんで仕事をしてくれている感じが伝わってくるのが、楽しい。何かと一杯々々なのではあるけどね。
 そんなバタバタした日々の中、近藤房之助、尾関兄弟と並ぶ、名古屋におけるブルースのパイオニア、石河光也さんの訃報が入ったのが9月5日。新生オープンハウスのことを、とても喜んで楽しみにしてくれていたのだが、間に合わなかった・・・。合掌。

8/29(水)

昨日は深夜12時に店を閉めて、店のカウンターの塗装を剥がし、サンダーで磨いてウレタン系の塗装を施すという作業を男子スタッフで行った。朝方までかかってカウンターは、ピッカピカ!今日からの従業員キャンプの間に、すっかり乾くという寸法だ。それまでに、主に店長・堀内によってなされていた、テーブルのサンダーがけ&塗装に続いて、これで20周年に向かってやる作業は完了したことになる。キャンプに行って帰ってくると木村充揮の3daysで、TOKUZO20周年が始まる!!まるまる20年得三は潰れずにもったのです。その間、改装したのは女子トイレの一部のみだが、不潔な古くささを感じないのは、最初に、石と材木で作れば、古くなっても味が出てくるんじゃないかと思って作ったのが正解だった気がする。ともあれ、20年間完走しました。みなさん、ありがとう!!

8/27(月)

毎年のように来てくれる富山県南砺市のイベント、「スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド 」からの、お裾分けワールドミュージック・ライブ。アフリカやアラブ圏、南米等のバンドが、やってくるのであるが、イベントのプロデューサーであるニコラというフランス人の感覚とネットワークの確かさで、みんな素晴らしいバンドばかりなのである。ではあるのだが、悲しいかな日本では、全くと言っていいほど無名の人たちばかりで、集客にはつながらない。そこで、数年前からタートルアイランドの愛樹君にお願いして、オープニングアクトを努めてもらっているのだ。そうやっているうちに、今度は「スキヤキ」側から愛樹君にオファーがあって、彼らが「スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド 」の常連出演者になりつつあるというような副産現象も起こっていて楽しい。そんなわけで今回も愛樹君達と一緒にアラブ圏ゴラン高原からTOOTARDと言うバンドがやってきてくれた。ゴラン高原というのは、イスラエル、レバノン、ヨルダンおよびシリアの国境が接する高原である。現在も、国際社会の批判を受けながらもイスラエルが長年に渡り占拠を続けている地域で、その地に元々住んでいたムスリムたちは国籍を持たぬまま小さな村落で暮らしているのだという。そうした村落のひとつ、マジダル・シャムスを拠点とするのがトゥートアルド。「国籍を持たぬまま」どうやって日本に入国するんだろうとか思ったが、多分ヨーロッパでなんとかなっているんじゃないかな。なんだかんだ言って、日本は平和だなぁ、と思ってしまいます。

8/25(土)

レンガ第二弾600個がやってくる。今度のは、前回のように雨ざらしでは無く新品の赤煉瓦。割ってみると、あきらかに割りやすい。コンコンと叩くとすぐにスコッと半分に割れるのだ。こりゃすぐに終わりそうですな。

8/23(木)

今池祭りのチラシと抽選券が出来上がってくる。駐車場にはレンガがいっぱい。チラシと抽選券は、即座に商店街各単組に車で配達。当日まで、あと一ヶ月を切っている。

8/22(水)

open houseの床工事が始まる。これから少しずつ店が見えてくるのだね。うふふふ。

8/21(火)

open house音響参謀長・澤村、工事主任・安藤伸とミーティング。おおよその音響プランを相談する。音響と言ってもライブで使うPAのことではない。レコードを鳴らすオーディオ音響プランの方である。というと、大抵はターンテーブルは○○で、アンプは××スピーカーは・・・ということになるんだろうが、機材のことでは無い。それはおおよそ有り物を使うことになっていて、機材に金をつぎ込む気は無いのである。機材のメンテは澤村が引き受けてくれることになっている。では、何のプランかというと、それらを鳴らす部屋、内装自体の処理とか、配線関係とかのプランである。ほとんどの人が実際やったことの無い・・・、ということはわしらも試したことの無い事をやってみようというリスクのある挑戦なので、楽しいったらありゃしない。僕は賭け事をやる質ではないのだが、博打好きの気持ちがちょっと分かるような気になっちゃうなぁ。ま、音を出してみて、あとからマイナーリカバリーを出来る仕掛けにもしてるんだけどね。

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