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あほ犬日記

5/28(月)

「47年目のopen house」~open houseからOTIS’/TOKUZOへ~★復活!澤村屋★。一体何のことだか分かんないと思うので、事の始まりから説明します。
 その昔、1971年に、オーナー萩原兼任によって、「おーぷんはうす」という店が誕生したのです。音楽好きの若者たちがたむろするジャズ喫茶とかロック喫茶といった店ができ始めた頃で、そんな中の初期の一軒だったのですが、当時高校生だった近藤房之助が卒業後にバイトで入った事もあって、「おーぷんはうす」は、急速に黒人ブルースに特化した店になっていくわけです。まだ黒人ブルースのレコードがほとんど日本に入ってきていなかった時代の話。76年房之助氏は、京都へ行って、BreakDownに参加し、入れ替わりに僕や横山の世代が店に行き出します。この頃はすでに、日本盤のブルースのレコードがそこそこ出始めていて、僕もブルースファンの入り口に入っていたのです。たぶん、70年代の終わりころに僕は「おーぷんはうす」のバイトになって、現[OTIS’」の横山等と一緒に働き出します。その後、82年に房之助氏が名古屋に戻ってきて、店を大改装して新生「open house」となり、何年かして澤村が店に入り、85年ころ房之助氏は東京へ移住、下北沢「STOMP」を始めます。86年にオーナー萩原氏が、新栄にジュークボックスのあるソウル・バー「OTIS’」を開店、同時に横山、澤村が「OTIS’」に移り、「open house」には、澤田・渡辺が入ります。その後、91年に地上げによるビルの解体で、「open house」は閉店。僕は「ニュー今池」をやった後、98年に「Tokuzo」をはじめて、そこから20年経ちましたとさ。というのが、大まかな流れです。「OTIS’」と「Tokuzo」は、色濃く「open house」の血を受け継ぐ二件の店なのであります。
 今回の事の始まりは、一年ほど前。元「openhouse」「OTIS’」の澤村が還暦になるので、自分の料理で飲む会をやりたいというので、それは是非やろうと約束をしていたのでした。両店で料理を始めた澤村が、もう何年も自分の料理を家族にしか食わせたことがなく、還暦を機会にやってみたいというのがよくわかったので、安易に約束はしたものの、それだけでお客さんは来ないよねということで、「openhouse」や「OTIS’」の昔の写真やビデオなんかを見ながら、同窓会的なイベントにしようかと考えていたのです。
 同時に、横山から「OTIS’」が建物自体の老朽化もあり、今のままではいけないのではないかと思っている、という話を聞いて、二人で新しい「OTIS’」を作って後進に残したいね、と話していたのです。それが昨年の夏頃で、それを踏まえて得三の8月のキャンプには、横山と、「OTIS’」で働いている亡くなった萩原オーナーの息子、清兼も一緒に行ったりして、それと同時に、どこかにいい場所はないかとアンテナを張っていたのでした。
 急速に事が進行したのは、2月の末でした。この上ない場所が空くという情報が入ってきて、横山と二人でバカのように盛り上がり、トントン拍子で話が具体的になり、裏で物件を押さえて話を進めるうちに、そりゃその店は「open house」だろうということになっていったのです。
 そうなってくると、この日の集まりは、「open house」再開のまたとない発表の場と相成り、この日を機会に話を大々的に広めようということになったのでありました。
 「open house」「OTIS’」両店の歴代従業員と、昔の写真や映像を見ながら、澤村の料理で飲む酒は際限なく杯を重ね、Tokuzo史上かつて無いほどの客単価を記録。両店の客で生き残っている連中は、やっぱりものが違うなと、感心しきりの至極の夜はふけて行ったのであります。

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