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あほ犬日記

7/23

 高校野球野球鳥取予選で、第1シードの米子松蔭が、野球部と無関係の学校関係者1人がコロナに感染しただけで出場辞退になったと聞いたときは、さすがにやり過ぎなんじゃないかと思っていた。高野連の協議の末、一転、不戦敗は取り消され、延期して境高校との初戦が行われることになり、9回裏2アウト満塁からのさよなら逆転で、昨日米子松蔭は初戦を勝ち進んだ。米子松蔭の主将が、生まれたはじめ書いた「なんとか出場する道を模索していただけませんか?」というツイッターを、相手チーム境高校の選手達もみんなで拡散したのだという。勝ち負けを越えて、両チームに諸手を挙げて喝采を送りたくなるではないか。境高校は、阪急の米田投手の出身校とのこと。この一回戦敗退はずっと僕の記憶に残るだろう。
 明日オリンピックの開会式が行われる。何やら、次から次へと不甲斐ない事が立て続けにおこっているが、それでもスポーツは、勝者、敗者にかかわらず、僕の気持ちを熱く素直に高揚させてくれるにがいないと思っている。
 1964年の東京オリンピックでは、市川崑監督が見事な映像を残している。チャスラフスカさんの素晴らしく美しい平均台は、一体どうやって撮ったのか判らない。砲丸投げの名も知らぬ選手は、投げる前、指をなめてはゼッケンで拭き取る。何度も何度もそれを繰り返す。そこをまじまじと撮し続ける場面がなぜだか記憶に残っている。
 今回、無観客であるが故に可能なカメラの位置とかがあるんじゃないかと思ったりするのだ。歓声が無い分、アスリート達の足音や、鉄棒がきしむ音、あらゆる音が生々しく競技場に響くだろうとも思う。
 訳のわからぬお粗末この上ないグラウンドの外の事情や計算を一足飛びに蹴散らして、トップアスリート達の一生に一度の充足感を、是非とも観たいっ!この先、二度と無いかもしれない無観客オリンピック。各テレビ局、そして公式映画監督の河瀬直美さん、頑張ってくれっ!!
 予断ですが、元日産自動車のゴーンさんと、バッハ会長って、ちょっと顔が似てませんか・・・。どうでもいいですが。

6/18

 さようなら緊急事態、おかえりなさいマン防。今回のスケジュールは、マン防決定後に検討し直した時間になっておりますので、11日までは決定のはずです。なんとか20時まで営業は認められ、マン防期間中のすべての出演者が、ライブを決行してくれますので、得三は営業いたします。こんな状況下で、それでも来ていただけるお客様には本当に感謝以上の、一緒に何かをやっているような親愛感を勝手に感じています。今月も、宜しくお願いします!!
 これを書いてる時点でオリンピックがどうなるのか、いまだ決定してません。有観客か無観客か・・。得三で、一月あまり配信ライブをやってきて、やっぱりお客さんいないとね、みたいな事を先月のあほ犬日記に書きましたが、慣れてくると無観客なりの別の楽しさみたいなものが判ってきて、これはこれで演奏者同士の密な関係が見える充実した演奏になるのだなと思い直しております。オリンピックも、無観客で、一緒に戦った相手選手同士が、勝ち負けを越えてたたえ合う様なシーンが観れるとしたら、僕は純粋に感動するだろうな。それはそれで、見事なオリンピックなんじゃないかと思います。
 よく聞かれるのは、今年の今池祭りはどうなるのか、という話。まだ決定は出ていません。これを決めるのは、「今池お祭りコミッティー」という組織で、IOCと言います。ぼったくりたいのは山々ですが、まったくその気配もありません。今の状況でいくと、通常通りの祭りは無理だと思われますが、街の人達や参加してくれた人達が何年か後になって、あれは面白かったねぇと、記憶に残るような事がやれたらいいよねぇ。馬鹿馬鹿しくて楽しいことを思いついたら商店街メンバーに教えて下さいな。 
 ワクチンに関しては、今池素人理化学研究所が、画期的なのを開発中です。これは、驚異的な勢いで人に感染するワクチンで、今池人民はただ3密になってゲラゲラ笑っていれば、勝手にどんどん抵抗力が世の中に蔓延するというシロモノです。ただし、三日三晩得もしれぬ劣情感に襲われるという副反応が有るようで、どうしたものやら。

5/15

 「酒を出すなっ!」と言われてしまっては、遂に、手も足も出ないかっ!と思ったが、なんとかやれることはあるもんですね。オープンハウスの方は、さすがに閉めましたが、得三は配信中心で5月後半を驀進中の毎日です。
 僕自身が無観客配信演奏というものをやったことが無かったのだが、想像するに、ステージから誰もいない客席に向かってライブ演奏をするというのには、やっぱりなんか違和感があったのですよ。まぁ、カメラの向こうでは、お茶の間で(かどうかか知らんけど)聴いてる人がいるのでしょうが、こっちから見えてないんですからねぇ。カメラに向かってどんな心持ちでやればいいのかわからない。それで、客席フロアで、円陣を組んで練習スタジオみたいにやってみたのである。僕は歌を歌っているので、通常他のメンバーは振り返らないと見えないわけだが、これだと全員がよく見えて、いつもと違った感じの演奏になったような気がして、結構面白くやれました。まぁ、ドラムの唯我独尊カバ君が、実は演奏中全く前を見ていなかったということも判明したわけでありますが・・・。
 それはともかく、演奏はちゃんと本番ライブのように盛り上がり、充実感もあって、ジャァ~ンッ!とエンディングを迎えるんであるがしかし、問題は終わった後だ。「イェーイッ!」の声も、割れんばかりの拍手も全くなく、ただただシ~ンとしてしまうのですな。いやぁ、あれは、醒めます。「いい年こいて、熱くなったりして、馬鹿なんじゃねぇの?」と言われている気分になるわけです。
 オリンピックなんて、無観客でやりゃいいじゃんと思ってましたが、やっぱり観客いた方がいいんだねぇ。金メダルとったのにシ~ンとされてちゃ、やっぱり哀しいよ。一生に一度なんだぜ。今回、お客さんのありがたみが、改めて身に沁みますな。やっぱり普通にお客さんもがいて、目の前で反応してくれて、その日のうちにギャラが出て、その金でお客さんと酔っ払うってのが最高のライブだぁ!!

4/19

 おっとぉ!今度はマンボウがやってきた。8時閉店となると、7時スタートではライブにならないし、開始時間がそれより早いと、平日は仕事おわりのお客さんが来れないことになり、前回は平日店を閉めることが多かったのだが、今回個別に出演者さん達と相談した結果、申し合わせたように全員が時間を早めてでもやるという返事だった。いろんな人がいると思うのだが、ここまで足並みが揃うというのは面白い。去年は出来なかった「今池遊覧音楽祭」もやります!チラシには「気をつけて楽しみましょう」と載せようという話だったのだが、その文言はみんなもう聞き飽きていて効力も無いのではないかという意見もあり、「調子こかずに楽しみましょう」に変更した。
 先月号で紹介した歌集「ここでのこと」の中で見つけた、野口あや子さんの短歌「歩くたび入り組んでくる今池の誰とも呼べぬきみに会いたい」で、今池商店街のポスターを制作した。写真家のスミダカズキさんに今池の街を撮ってもらい、デザインを旧知のタナカマサコさん、印刷はいつもお世話になっている鬼頭印刷。みんなが気持ちの通った仕事をしてくれて、思い入れのあるいいポスターが出来上がったと思っている。
 商店街というのは、要するに、各商店から集めたお金でその土地に人を集める事をするのが仕事なのだ。ところが、昨今は「人を集めちゃいけません」という事になるのであって、商店街としてはどうにもこうにもやりようがないなと思っていた。そんななかで出会ったのが、野口さんの短歌「~誰とも呼べぬきみに会いたい」だった。今池に来る来ないではなく、会いたい。
これなら、(マスクをすれば)大きな声で言える言える偽らざる本心だよね。
 今年は今後も、このチームで何枚かポスターを作って今池の街に貼り巡らせたいなと思ってます。今池へお越しの際は、是非探してみてください!!

3/17

 またまた名古屋近辺で活動する人達の本が出た。なんだか、最近出版関係が多いな。
 まずは、「名古屋の富士山すべり台」。名古屋在住の方なら公園にある富士山型のコンクリート遊具を見たことがあると思う。あれ、実は名古屋発祥なのだそうだ。その富士山すべり台を長年追いかけて写真に撮り研究している人が、まさかというか、やっぱりというか、いたのである。牛田吉幸さん。その研究の成果を編集の大竹敏之と共に、余すところなくまとめたのがこの本。名古屋近辺に現存するすべての図鑑から、その歴史、制作者の声、そこから派生するいろんなバリエーション遊具、撮影指南、公園遊具の在り方考察などなど・・・。まぁ、知っていてどうなのか、と言われればそれまでだが、ちゃんと人々が精魂込めて作ったモノはとても楽しく、愛おしい。今度どこかで見つけたら絶対滑ってみよう!
 もう一冊、「ここでのこと」は、愛知県にゆかりのある9人の歌人が、それぞれの場所を思いながら作歌したオムニバスの歌集。東山にあるON READINGという本屋さんが作った本だ。贔屓目になっちゃうが、場所に今池を選んでくれた野口あや子さんに、やっぱり気持ちが傾きますな。すでに何冊も歌集を出し、今は小説やエッセイ等も発表している若き才能で、得三やオープンハウスで、何度かお会いしたこともある。全部で14首あるが、どれも今池の匂いのようなモノを放っていて嬉しくなります。もちろん他の人達の作品も興味深いので、是非とも御一読を。とてもいい装丁の出版元が、ELVIS PRESSというのもビビッときますな。
 この二冊の本の出版記念イベントが4月に得三で行われます。5(月)に「富士山すべり台」8(木)には「ここでのこと」、著者達によるトークイベントで、さらに面白い世界に突入してください。詳しくは、スケジュール欄でお確かめください。
P.S.実は、野口さんと今池商店街のコラボレーション企画も浮上しており、4月には展開してるかも。こちらもお楽しみに!!

2/17

 2年前に57歳で亡くなられた、シネマテークの支配人・平野勇治さんが、新聞等へ出された遺稿をまとめた「小さな映画館から/平野勇治」という本ができた。シネマテークは1982年に創立されたのだが、その前身となる自主上映グループ「ナゴヤシネアスト」時代からかかわっていた平野さんが、映画と伴走してきた日々を思いながら一気に読んだ。
 映画には、監督以下、役者・スタッフ達が映画を作る「現場」と、それを上映する映画館という「現場」が有るのだな。この本は、そのもう一つの「現場感」に溢れている。映画を享受するのみでなく、映画と格闘している感じ。
 シネマテークは、今池に出来た全国ミニアターの先駆者であり、TOKUZOが出来てからは、すぐ隣のビルの映画館で、一緒にイベントもやったりもして、僕にとっては基本理念の似た仲間といった感覚がある。いつごろからか、サブカルという言葉が出来たのだったが、70年代に芽を吹き出し、80年代、価値観の多様化と共に経済の波もやってきて、ジェットコースターのように上がったり下がったり。あぁ、思ってみればライブハウスと一緒だな。家庭ビデオの普及、そしてデジタル化もあったよね。シネコンが瞬く間に一般化して、映画館の通常概念が変わっちゃったかと思ったら、デジタル上映は一大転機。
 なにかあるたび、平野さんは、映画って、映画館ってなんだろうと、「現場」に立って考えている。「現場」は郷愁に浸っている余裕などない。でもしかし、初めて映画に心揺さぶられた初期衝動を忘れることは、平野さんにとってもっとゆるされないことだったのではないか。
 10年ほど前、東北震災の後だった。平野さんが「震災後の感覚が無い映画は、駄目だよね」というようなことを僕に言った。僕自身の震災後の感覚ってなんなのだろうと思い、言葉が出てこなかったのを憶えている。今回のコロナ状況下で、平野さんだったらどう考え、何をするだろうか。この本を持って、風呂場でもう一度パラパラめくりながら、なにかヒントを見つけよう。

1/20

 先月に続いて校了前になって、愛知県にも緊急事態宣言が出た。7時オーダーストップの8時閉店となると、どうにもこうにも平日のライブは無理である。東京だとミュージシャンが全国区だということもあり、配信ライブというやり方も一つあるのだが、名古屋の地元ミュージシャン達には有効とは思えない。得三は、平日は店を閉め、週末のみ時間を早めてライブをやることにした。またしても、2~3日で期間中の全出演者の連絡を取り、了承を得てスケジュールを組み直す。オープンハウスは、前回の時と同様、昼から8時までの営業とする。東京で緊急事態宣言が出たときから、こんなこともありそうだとシミュレーションしていたので、前回ほどはアタフタはしなかったが、いちいちやることがイレギュラーなので頭がこんがらがるぜ。
 つい先日、東京では大手飲食チェーンには、補助金が出て無かったことを知り、愕然とした。たかが2店舗で、これだけヒィヒィ言っているのに、10軒も20軒も直営店を持つチェーン店は、全くたまったものでは無いと思う。当然雇用を切らざるおえないではないか。失業者量産政策だ。先日、個人で飲食店をやっている知り合いが、補助金で儲かっちゃうことになりそうで心苦しいんだよね、と言っていた。堂々と貰ってしまえと思う。そして、余分な金を、しかるべきところでちゃんと使うのだ。良心にかられて補助金を貰わなかったら、その金をどんなことに使われるか判ったものじゃ無い。自分たちで、ちゃんとお金を回すのが一番確かだ。
 丸一年コロナに振り回されているのだが、やはりワクチンが、一つの光明となるのであろうか。名古屋では、5月くらいから一般に摂取されると言っているが、どうだろう。そして、そのワクチンとやらはホントに大丈夫なんだろうか?なにかと疑心暗鬼になってしまうのだが、そんな折、やたらめったら明るい情報をとある筋から得た。なんと!どこやらの研究所で通常の二倍の効き目があるワクチンが開発されたというのだ。大ニュースである!その人類の救世主となる薬の名は、「ワクワク・チンチン」と言うのだそうである。

12/18

 1月号の校了ギリギリになって、愛知県の時短要請が出た。いろんな事を考えた結果、21時閉店で、ライブは時間変更などをして決行することにした。ライブ終了後の、時にはお客さんも交えて打ち上げとなる時間も、とても大事にしているのだが、それは難しいことになる。慌てて期間中の全出演バンドと連絡を取り、状況説明と店の方針を提示、個別にどのように対処するかを相談したのだが、ライブ開催に消極的な出演者は、誰一人いなかった。東京から来る人達など、GO TOとやらが外れて経費負担が増えたにもかかわらずである。もう、こちら側は覚悟を決めているのである。それに比べて行政側は、覚悟無くその場その場で右往左往するばかりのように見えますな。怒りを越えてあきれかえる。ブヒッと屁が出ます。報道というやつも同様。一番重要な事柄の周りをブ~ンと蠅が飛び回っているといった印象で、自己保身と忖度が鼻につく。かと言って、ミソクソ一緒のネット情報に入れ込む気もさらさら無い。
 大げさに言えば、経済を基盤にした民主主義の成り立たせ方の歪みが、僕のような馬鹿町人にも白日の下に晒されたみたいな感じなのだが、一方で、そんな偉そうなことを言っている自分が、否応なくその中にどっぷりと組み込まれているのもよくわかっちゃったのだった。トホホではある。身近な、信頼できる仲間。身内であったり、音楽関係であったり、近所の商店主であったり。そんな人達と一緒に何かをやってく事で、自分を健全に保たなきゃね。
 高校生の頃から ブルースという音楽を聴いている。振り返れば45年ほどになる。もちろん他の音楽にも興味はあるし、好きになってはまり込んでしまうこともあるが、なにか自分の節目を感じたときなどに改めてブルースを聴くと、自分を取り戻したような、確認したような気分になる。僕にとってブルースは、常に新しい指針を与えてくれる。いつ、どんなときでも、ブルースは諦めないからだ。なんだかんだ言って、決して諦めないのがブルースの強さだ。
 今日、十二月十八日から自粛期間が始まる。春にやったようにオープンハウスは、昼から21時までのぶっ通し営業となる。さぁ、靴ひも結んで、ブルースと一緒に街に出るとしよう!!

11/14

 カラオケで歌うというのは、年に一回か二回のことである。そのうち一回は毎年夏に開催される得三のカラオケ大会。僕の出番は朝5時前の最後の一曲なのだが、今年はコロナで開催が出来なかった。ここ5年くらいはクールファイブの「出船」という曲を歌っていた。映画のラストシーンを観るような、胸が詰まりそうになる曲で、船が暗い海の中を異国へ出て行く。岸には永遠の別れを惜しむ女が手を振るといった、惜別の情景を描写していて、そんな羽目になった理由や、どこへ何をしに出て行くのかは、全く説明されない。現代の日本でそのような状況があるのかというのが判らなかったのだが、この曲が出たのが70年代の半ばで、そのときはまだ在日朝鮮人一世が、まだたくさんいたことに思い至り、自分が国を出た時の事を思い浮かべる人もいたのではないかと考えたりしていた。
 ふとした偶然で、沢木耕太郎が1979年、引退直前の藤圭子にロングインタビューをした本があることを知った。あ・・宇多田ヒカルのお母さんね。その原稿はいろんな理由で、世に出されず、30年の時を経て、彼女が亡くなってしまった後、平成25年になって出版された。藤圭子二十八歳、沢木三十一歳による会話のみで構成された本には、素直で純粋で、どこか不思議に虚無的な藤圭子の飾らない姿があふれ出ていて、六十三歳の僕は、抱きしめたくなっちゃうのであった。
 藤圭子が十代の時、前川清と結婚していたのは知っていた。ほんの一瞬で離婚しているのだが、二人の交友は引退するまでずっと続いていたようなのだ。本の最後の方で、引退直前になって、前川がヴォーカルを務めるクールファイブのコンサートに行った事を喋っている。「メドレーの最後の方で〈出船〉ってゆうのを歌ったんだ。それを聞いていたら、胸が熱くなって涙がこぼれそうになって、ほんと困っちゃったよ。あんなうまい人はいないよ。絶対日本一だよ。」
 得三では年末に、不完全ながら忘年会をやります。今年は出し物はやらないかわり、地味にカラオケでもやっちゃおうかなと思ってます。今年も〈出船〉を歌うことが出来そうだな。頑張って歌っちゃおう!

10/17

 かつて、戦争直前の空気の中で、笑いのセンスが急落し古参漫才師が嘆いていた事に関して、徳川夢声が「つまり、客は不安で浮かれているのだ」と述べたという。今思うとこのコロナ騒ぎ、なんだか4月5月は、みんな「不安に浮かれていた」んじゃないかと思ってしまう。今回のことは、必ず歴史に残る一大事件だと思うが、はたしてそれが何だったのか、どういう騒ぎだったのかということは、何十年か経って暴かれるのではないか。
 ライブ再開した6月13日から、地元のミュージシャン達を中心に、ライブをやってきた。着席してテーブルがあり、ある程度距離を保って聴ける形が定着している得三のようなライブハウスが、まずライブを続けていかないと、その次が始まらないと思ったのだ。限定人数でお客さんが少なくても、なんとかやってくれるのは、地元の交通費・宿泊費のかからない人達だった。お客さんも、近隣の人が中心だった気がする。ミュージシャン達は、こちらが誘うとほとんどの人が「やろう!やろう!」と快く引き受けてくれて、連日店としての風景が成り立っていくのは、本当にうれしく、お客さんも含め地元の人達と、今までより一層つながりが出来たような充実感がある。こういうことが、コロナが明けた次に、なにがしかの形で繋がっていくのだと実感している。転んだ先で百円拾ったようなものだが、その百円は千円に化ける。
 東京は名古屋と比べてまだまだ状況が厳しそうなのだが、ライブハウスで動いているミュージシャン達は、9月くらいから少しずつ動き出している気がする。この間、配信ライブという形態が浮上して、演る方も観る方もそれなりに、精神を保つ助けにしてきた気がするが、やはり、実際動いて、お客さんの前で演奏をしたり、生演奏をその場で聴いたりすることの価値と意味を、今更ながらに感じ取っている人達は多い。
 冬場になって再度感染が増える可能性も大いにあり、予断を許さないが、みんな少なくとも「不安に浮かれる」事に対する免疫はすでに持っていると思う。

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