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あほ犬日記

6/2(土)

ついに先月末に、「open house」再開が公になって、今月から本格的に準備に入る。昼に、予定地の給排水及び、吸排気がどうなっているかを見せてもらいにいくのだが、なにせ古いビルで、内装を剥がしてみないと確かなところはわからない。厨房の位置も大幅に変えるので、排水が心配なのだが、今の状態もつかめない。ライブもやろうと思っているので、遮音プラン上、排気のシステムも重要となる。はてさて、どうなりますことやら。横山以外に、メインで付き合ってくれているのは、TOKUZOを作るときにも多大な貢献をしてくれた、早川と伸で、二人ともopen houseからの友人たちだ。この二人を中心に、周りにいいる新旧友人たちが、みんなで集まり、今までのノウハウを結集して一軒の店を作るのだ。20年前、TOKUZOを作った時のことを思い出すなぁ。まさか、もう一回やるとは思ってもみなかったが、気持ちは、俄然乗って来ている。

5/28(月)

「47年目のopen house」~open houseからOTIS’/TOKUZOへ~★復活!澤村屋★。一体何のことだか分かんないと思うので、事の始まりから説明します。
 その昔、1971年に、オーナー萩原兼任によって、「おーぷんはうす」という店が誕生したのです。音楽好きの若者たちがたむろするジャズ喫茶とかロック喫茶といった店ができ始めた頃で、そんな中の初期の一軒だったのですが、当時高校生だった近藤房之助が卒業後にバイトで入った事もあって、「おーぷんはうす」は、急速に黒人ブルースに特化した店になっていくわけです。まだ黒人ブルースのレコードがほとんど日本に入ってきていなかった時代の話。76年房之助氏は、京都へ行って、BreakDownに参加し、入れ替わりに僕や横山の世代が店に行き出します。この頃はすでに、日本盤のブルースのレコードがそこそこ出始めていて、僕もブルースファンの入り口に入っていたのです。たぶん、70年代の終わりころに僕は「おーぷんはうす」のバイトになって、現[OTIS’」の横山等と一緒に働き出します。その後、82年に房之助氏が名古屋に戻ってきて、店を大改装して新生「open house」となり、何年かして澤村が店に入り、85年ころ房之助氏は東京へ移住、下北沢「STOMP」を始めます。86年にオーナー萩原氏が、新栄にジュークボックスのあるソウル・バー「OTIS’」を開店、同時に横山、澤村が「OTIS’」に移り、「open house」には、澤田・渡辺が入ります。その後、91年に地上げによるビルの解体で、「open house」は閉店。僕は「ニュー今池」をやった後、98年に「Tokuzo」をはじめて、そこから20年経ちましたとさ。というのが、大まかな流れです。「OTIS’」と「Tokuzo」は、色濃く「open house」の血を受け継ぐ二件の店なのであります。
 今回の事の始まりは、一年ほど前。元「openhouse」「OTIS’」の澤村が還暦になるので、自分の料理で飲む会をやりたいというので、それは是非やろうと約束をしていたのでした。両店で料理を始めた澤村が、もう何年も自分の料理を家族にしか食わせたことがなく、還暦を機会にやってみたいというのがよくわかったので、安易に約束はしたものの、それだけでお客さんは来ないよねということで、「openhouse」や「OTIS’」の昔の写真やビデオなんかを見ながら、同窓会的なイベントにしようかと考えていたのです。
 同時に、横山から「OTIS’」が建物自体の老朽化もあり、今のままではいけないのではないかと思っている、という話を聞いて、二人で新しい「OTIS’」を作って後進に残したいね、と話していたのです。それが昨年の夏頃で、それを踏まえて得三の8月のキャンプには、横山と、「OTIS’」で働いている亡くなった萩原オーナーの息子、清兼も一緒に行ったりして、それと同時に、どこかにいい場所はないかとアンテナを張っていたのでした。
 急速に事が進行したのは、2月の末でした。この上ない場所が空くという情報が入ってきて、横山と二人でバカのように盛り上がり、トントン拍子で話が具体的になり、裏で物件を押さえて話を進めるうちに、そりゃその店は「open house」だろうということになっていったのです。
 そうなってくると、この日の集まりは、「open house」再開のまたとない発表の場と相成り、この日を機会に話を大々的に広めようということになったのでありました。
 「open house」「OTIS’」両店の歴代従業員と、昔の写真や映像を見ながら、澤村の料理で飲む酒は際限なく杯を重ね、Tokuzo史上かつて無いほどの客単価を記録。両店の客で生き残っている連中は、やっぱりものが違うなと、感心しきりの至極の夜はふけて行ったのであります。

5/26(土)

「アメカル映画祭」劇場版シネマ狂想曲公開から始まった、アメカル暴走劇だが、気がつけばもう一年経ったのだそうだ。一年経ったというのに、まだ全国での上映会は続いているようで、坪井くんは今だに飛び回っております。そして、今回は監督の樋口智彦さんや、出演の白石晃士監督、久保山智夏さん(女優)も参加して、本編を見ながらのコメンタリー上映。途中で止めたり、巻き戻したりでめちゃめちゃでありました。半分くらい何言ってるかわからないのは、いつも通り。でも、なんだか面白いというのが、不思議ですな。多分、観に来た人みんな同じだと思うんだよね。

5/25(金)

快楽亭ブラック×牧瀬茜(怪談ストリップ)。牧瀬茜さんは、とてもポジティブに自分の世界を広げてゆこうと格闘しているストリッパーのようだ。今回は、圓生の「牡丹灯籠」を、音楽を加えて編集したテープにのって踊るのでありました。美しい裸体が対象とあって、照明の林がギンギンに張り切ってリハーサルから立ち会っていた。牧瀬さんは、本当に感じのいい人だったなぁ。いろんな組み合わせで、また違った牧瀬さんを観てみたい。

5/23(水)

Konono No.1 Japan Tour。Guest:ALKDO(Turtle Island Acoustic)GIANTSTEPS/DJ:刃頭(OBRIGARRD)/DJ YANOMIX(OBRIGARRD) 。10年ほど前に話題になって、CDをよく聞いていたコンゴの電気ムビラ・バンド、KononoNO.1。その時も来日して、クワトロで名古屋公演が行われたのだが、僕はタイミングが合わず残念な思いをしたのだった。前回は、ジャケットにも出ていた、ジャンク極まりない路上演奏用のでかいメガフォンのようなPAを持参してきていたと思うが、流石に今回はなし。そして、一族の長老のようなおじぃちゃんもいたと記憶するが、彼も今回は来なかったか、逝ってしまったか。それでも、野卑でラウドな魅力は全く衰えを見せず、骨太でエンドレスなダンスビートが、炸裂しまくった!トランスなどというお行儀のいい単語では言い表せない、何かが麻痺して本能が剥き出しになるような体感が襲ってくる感じ。20世紀後半のポピュラー音楽は、アメリカ黒人の音楽が世界を席巻した半世紀だったわけだが、その大元にはこれがあったのだ、ともう一度確認した次第。

5/21(月)

ぐらもくらぶトークイベント「佐藤利明のザッツ・ニッポン・エンタテインメント!」~戦前戦中の音楽映画たち~。何をやるのか判りづらいタイトルなのだが、ようするに、今ではなかなか観ることのできない戦前映画の中に出てくる、喜劇人やエンターティナー達を、紹介してくれるという、貴重なイベントなのでした。出演は、佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)小川真一(音楽評論家)保利透(ぐらもくらぶ)。佐藤さんは、そのあたりの研究家で、エノケンやロッパのCDをはじめ、最近話題のなったものでは、ピンク・マルティーニと作って、世界発売にもなった「1969」というアルバムの企画者でもある。この日で僕的にストライクだったのは、永田キングという、肉体派コメディアンと、「ア〜ノネェ、ワシャ、カナワンヨォ〜」の決め台詞で一斉を風靡した高勢実乗。これも、実物を見たことは多分ないのだが、なんか大昔の漫画に登場していて、それで知っているような気がする。次回は戦後編になるもよう。古い日本映画のファンや、コメディアンに興味をお持ちの方は、絶対に面白いと思うので、是非とも!!
 

5/20(日)

本日は、泉谷しげるの兄貴である。ここ3回続いた、昭和のフォークを泉谷節で歌うシリーズは、今回で一旦終了。「なごり雪」なんていう全くイメージ違いの曲まで歌ちゃうわけだが、これは、なにをやってもブレないぞという、一つの自己表現かもしれない。いつも、何かと対峙して体を張っているのはよくわかる。吉田拓郎の「イメージの唄」も、理屈っぽく聞こえないところが泉谷節だと思うが、そろそろじっくりと泉谷しげるそのものをギッチリと観て見たいと思うファンも多いと思うので、それは来年っ!!泉谷さんが、PAの河野を、ステージからフルネームで紹介してくれたのが、僕には心強かった。

5/19(土)

このところ、年に2回くらい来てくれる、正統派ロックンロールバンドの王者、ROCK'N'ROLL GYPSIES[花田裕之(g.vo)下山淳(g.vo)池畑潤二(ds)市川勝也(b)]。最近、池畑さんとよく飲むのだが、彼はどこでやっても20インチのセットを叩くのだそうである。そして、可能な限り自分の楽器を持っていくという。前回、HEATWAVEで来てくれた時に、ドラムミング・スタイルを絶妙に変えていて、さすがだなと思ったのだが、こちらもそれにちゃんと対応できないといけないなと、反省しきり。幸い年に何回も来てくれるのだからね。その池畑さんが、ビールを持って話しかけて来てくれた時に、事もあろうに僕はカウンターで、ライブ後に来てベロンチョに酔っ払った山田チャンスと飲んでいて、3人で話飲む羽目になってしまった。硬派中の硬派と、バカ軟派エロネタ男に挟まれて、ちっとも酔わん僕でした。そして、ジプシーズは、ツアー初日で、朝までコース。へとへとになって、朝6時に「もう帰ろうよぉ」と泣きを入れる始末。しんどぉ・・・。

5/17(木)

一年ぶりの、吉田美奈子さん、今回は森俊之(key)とのDUO。森さんは、リクオの新譜のエンジニアでもあるんだよね。ピアノ一本で、縦横無尽に歌う美奈子さんは、声が、というより、カラダ全体が鳴っている歌なのである。ピアノ一台だけに、それが本当によくわかる。あんなに多彩で、濃厚で、奥行きを感じる「歌」は、滅多に聞けないな。とんでもないです。これは、CDなんかじゃ味わえない、体感してもらわないとわからないことだと思う。体が鳴っているのだから、体で聴いてなんぼです。来年も来てくれるかなぁ。

5/14(月)

臼井ミトン[中條卓(b)沼澤尚(ds)]。一緒にやる予定だった石河光也バンドが、石河さん入院治療のため出演できなくなり、急遽のワンマン。集客的に不安だったので対バンを希望していたのだが、なんのなんの、ちゃんとお客さんが来てくれて、本人が一番びっくりしていた。ミトン君は、70年代アメリカンミュージックの、相当マニアックな、いってみればオタクなのだが、オタクに有りがちなスケールの小ささを感じさせないのです。それは、マニアックにギュ〜と収束していったパーソナルが、収束点で交差して広がってゆくような、一点突破・全面展開的なモノを感じるなぁ。オタクを突き抜けてしまった開放感みたいな感じですかね。もちろん、その辺りを充分理解して、一緒に音楽を作っているタカシ・コンビの力も見逃してはいけません。最初から最後まで音楽がすべての打ち上げに、さすがのワシもエロネタ不発の夜。
 

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