あほ犬の即席ラーメン独り言

 2〜3日早起きしてしまい、一昨日の夜は2時頃に眠たくなって家に帰ってしまった。すると、カミさんがラーメンを食っているではないか。僕は去年の夏、糖尿病を宣言されてから、インスタントラーメンを一度も口にしていないのだ。めちゃめちゃ好きなのに、である。カミさんの食っているラーメンは「出前一丁」であった。部屋に入ったとたん、例のかぐわしい香りがして、両顎の裏から唾液がジュルジュルと出た。あと一歩で食べ終わろうとしている、その丼の中には、深さ1?B程のごまラー油が浮いた汁と、ふやけて1.5?Bほどにバラバラになった麺がチラホラ。さらには「げっ!てめぇ玉子入れやがったなっ!」と、誰にでもバレる固まった白身の残骸が泳いでいる。懇願して一口飲ませてもらうと、おぉっ!なんと煮詰まって汁が濃いめになっているではないかっ!う・・・うまいっ!!!
 あ、いかん。何を書いているんだろう。めちゃめちゃ食いたくなって来ちゃったぞ。月一回くらいインスタントラーメン食っちゃだめかなぁ。


 世界最初の即席ラーメンは「チキンラーメン」である、というのはみんな知ってることだが、一体いつ出来たんだろうと思って検索してみると、58年8月に発売されたらしい。僕より一つ年下だ。僕の生まれた年は、ロカビリー3人男旋風が吹き荒れた年で、つまり僕の人生は、日本のロックと即席ラーメンの歴史と共にある、というわけだ。
 さて、その「チキンラーメン」だが、僕は子供の頃はあまり食べていない。僕が食っていたのは「トノサマラーメン」だった。ちょっと安かったような記憶がある。調べると60年5月発売となっているので、まぁ類似品だったんでしょう。その「トノサマラーメン」、僕は「ベビースターラーメン」の会社「おやつカンパニー」の前身である「松田食品」が作っていて、本社が三重県なのでローカルだったんだろうと推測していたのだが(僕は三重県出身です)、ネットで色々調べたらどうもそうではなさそうだ。「トノサマラーメン」を作っていたのは「松永食品」で「松田食品」ではない。さらに「しるこサンド」で有名な「松永製菓」とも無縁のようだ。どうも「松永食品」というのは潰れちゃったようですね。春日井に有ったらしい。味はどんなんだったかなぁ。「チキンラーメン」と、そう変わらなかったような気がするが、なんせ小学生低学年くらいの記憶だからあてにはならない。対抗馬としては「明星ラーメン」ってのが人気有った気がする。こっちは袋スープがついていたが、僕は伝統を重んじる「味付け麺派」だったのです。学校から帰ると、必ずラーメンを食べて、それから遊びに行く。毎日食ってたなぁ。
 高学年になると、驚異の大ヒット作「出前一丁」が、即席ラーメン愛好家を席巻する。秘訣は何と言っても、必殺「ごまラー油」!なんとも香ばしく、食欲を誘発する香りであろうか。香りで勝負をかけるというのは、きっとラーメン開発におけるエポックだったのではないか。だって、68年発売というから、それ一発で37年間人気商品に君臨してるんだもの。
 この頃の対抗馬といえば、なんと言っても「サッポロ一番」だが、「しょうゆ」が66年、「みそ」68年「しお」71年となっていて、そうかぁ「しお」が一番遅かったんだぁ。コマーシャルの『サッポロいっちっばんっ!みそラ〜ァメン」という印象が強いので、たぶん最初の「しょうゆ」はあまり話題になんなかったんじゃないのか。僕は「しお」が好きですけどね。実は、毎晩のようにこの「しおラーメン」を食べていたのが、糖尿になった一つの原因なんである。へべれけに酔っぱらって、汁を少なくして濃いめに作ったやつを食う。バターかなんかも、入れちゃったりして・・・。調子こいて、飯ぶっこんだりもした。40過ぎて、寝る前にこんなことやってると糖尿になるのである。
 エースコックの「ワンタンメン」はどうよっ!調べると、おっ!63年ではないか。小学校1年生だっ!『ブタブタコブタァ〜、オナカガスイタァ〜』あの、乾麺のなかに、ピロピロのワンタンが、絡み合ったまま固まっているというのが、なかなかに愛おしいのだ。ワンタンと言っても実際にはワンタンの皮だけなんであるが・・・。これは、当時はあまり食べなかったが、30歳前後になってローソンの上に住んでいた頃よく食った。ワンタンの「得した感」ももちろん魅力なのだが、醤油味よりうまみ味の方が立っていて、へべれけで食うと、一瞬さっぱりしているような感覚を受ける。もちろん、それが錯覚なのは翌日起きるとわかる。
 当時、一人暮らしの僕は、食器を洗うのがめんどくさくて、鍋のままズルズルとラーメンをすすっていた。食うのはもちろん朝方、寝る前である。大きい鍋だと、汁の水深が浅くなってしまい、乾麺が浸らないので、小さめの鍋を使っていた。ちなみにその鍋は今では柄がとれてしまったが、去年の夏までラーメンを食うときは、柄がとれた後の出っ張りを、布巾でつまんでその鍋で食っていた。その鍋に即席ラーメンの麺を入れようとすると、角が少しつっかえてしまう。それをグッと押し込んで作るのであるが、「明星チャルメラ」というラーメンは、麺が丸いので、きれいに鍋の中におさまって、しごく気持ちがいい。66年発売かぁ。これもよく食った。麺が細めで固ゆですると、なかなかの食感である。こしょうを中心にしたスパイスが別袋で付いていた。
 一時、カネボウのノンフライ麺が好きだったときもあったなぁ。でも、ここ10年くらいはやっぱり定番に落ち着く。・・・わっ!忘れてたっ!すがきやの「味噌煮込みうどん」!これもよく食った。うまいよねぇ。微妙に画用紙かんでるみたいな食感の、あの麺を開発した人は凄いな。66年からあるらしいが、三重県にいるときは「味噌煮込みうどん」というもの自体を知らなかった。名古屋に来てから食って、やみつきだ。なんとなく、麺が揚げてある感じがしないんだよな。濃い赤味噌の魔術か・・・。ミュージシャン達が、ユニーの食品売り場で、5袋入りの「味噌煮込みうどん」を、おみやげに買っていくのは、定番となった感がある。ネギと玉子も相性バッチリ。これも水を少な目にして、濃くして食った。
 やばいな。かなり食いたくなってきたぞ。20歳くらいの頃、アランプーサンの斎藤は田代本通りに住んでいて、本山にいた僕やもQとよく遊んでいた。斎藤のアパートに行って腹が減ると、ラーメンを作ってくれるのだが、奴は複数の銘柄のラーメンを混ぜて作ることにエネルギーを注いでいて、「○○○と×××を混ぜると美味い」とか「4種類混ぜるとどうのこうの」とか、変なことをよく知っていた。なかなか美味いと思った気がする。何と何を混ぜるんだったかなぁ。あいつ、店で出せばいいのに・・・。
 「なんや」の学が、一ヶ月くらい前に、専用のどんぶりがついたチキンラーメンを持ってきていた。お客さんにもらったんだそうだ。その丼は、底がチキンラーメンの大きさに平らになっていて、もちろん蓋があるというもので、なるほどそりゃいいわなと思うものであった。普通の丼は底が丸く、乾麺をなかなか水平に置けないものな。いくら玉子用のへこみをつけても、麺が水平でないと玉子は横に滑り落ちる。ま、僕は専用鍋で作っちゃうから関係ないけど・・・。そういえば一時期、チキンラーメンの真ん中に味噌やカレーをくっつけたのが出たなぁ。食べたけど、あれはいただけない感じがした。もう無くなっちゃったんだろうか。でも、その時に作った、真ん中をへこます麺の型が残っていて、実はそれが例の玉子用のくぼみに流用されたというのは考え過ぎか。
 あれっ・・・なんでラーメンの話をこんなに書いてんのかな。やっぱり月に一回、即席ラーメンの日を作って食べちゃおうかな。給料日後くらいに自分にご褒美ってのはどうだ。一ヶ月間、「来月はどの銘柄でいこうか」とか「具には何を入れようか」とか、ず〜と考えてるかも知れないぞ。楽しそうだなぁ。僕のラーメン専用鍋は、まだ捨てずに残ってるはずだしな。